インポートはできるけど、エクスポート機能のないエキブロ。うが。


by aisasaki_dash

リクルート時代の思い出

会社帰りのJR京浜東北線。
スーツに着られちゃってる子が座っていると思っていたら、
就職活動中の学生さんでした。
まっさらなスーツとネクタイ、そして企業パンフを隅々まで読みふけっている。

大丈夫、『イメージキャラクターはブルーナ』みたいなパンフレット
暗記してもしなくても
合格不合格にはさして影響ないから(笑)。

自分もこんな頃があったのか、懐かしい。
就職活動を始める頃には、既に
東京圏でシステム屋さんになることをターゲットとしていたので
年始に届いたリクルートの分厚い本から
ひたすら資料請求ハガキを出してましたね。箱根駅伝見ながら。

そこから実際に説明会や面接を受け出したのが3月からで
時期的にJリーグ開幕していたこともあって
面接を受けに行っては、ついでに(?)浦和を観ていく。の繰り返し。

上京回数も限られていたので
面接を受けたのは10社がいいとこだったんじゃないだろうか。
筆記試験会場や面接会場、未だに覚えている会社もあります。
王子とか大久保とか。

その日の午後に面接があるって時に朝イチの飛行機乗ったことがあって
しかも提出するはずの小論文が書きあがってない!
…もちろん飛行機の中で、必死にガリガリやってました。
(そこまでやっても落ちたけど。わーん)

地方無名大学出身ってこともあったので
誰もが知ってるようなシステム屋さんは全く受けてなくて
小さい会社が多かったのですが
それでも内定が出たのは6月初め。
氷河期と言われる時代が少し溶け始めたんじゃないかと
言われていたこの年の就職戦線からすると、
時期的には少し遅かったはず。

で。
その後、入社するまでの勉強+他の内定者とのコミュニケーション用に
PC貸与があって、タッチタイピングとかやったりして
10月1日には神田にあった会社での内定式があって、
内定式からそのまま国立駆けつけて読売-浦和を観たりして(笑)。


普通ならば、このまま何事もなく来春を迎えそうなもんですが。

入社する予定だった会社は
山一系列のシステム会社の、その下の子会社みたいな所で。

1997年11月22日の朝、
生協の仕分けのバイト(朝5~9時)から車運転して帰ってきたら
そりゃあもう大変なことになってましたよ!

オロオロ泣く母親に「泣いてどうにかなるのかよ」と返した私は
「え~また就職活動するの?面倒くさい…」と…。


ま、でも、同じ会社に入社するはずだった12,3名は
山一系列とは別の、株主会社に引き取ってもらうことになり、
就職活動再開する羽目にはならずに済んだ訳ですが。

ちなみに、システム屋さん以外で、
ふと思い立って説明会を受けたのが
今だと目にすることもある通販化粧品会社オル○スや通販会社べ○ーナ。

その会社に興味があった訳ではなく、
通販業界にもちょこっと興味があったのではないかと。


…なんだか、とりとめがなくなってきたので、
昔話はこの辺で終了。
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by aisasaki_dash | 2005-01-14 01:22 | work